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岐阜地方裁判所 昭和54年(行ク)1号 決定 1979年4月20日

申立人 渡辺良蔵

<ほか二四八名>

右代理人弁護士 簑輪弘隆

同 簑輪幸代

同 横山文夫

被申立人 恵那市教育委員会

右代表者委員長 水野一美

右代理人弁護士 柘植錠二

主文

本件申立を却下する。

申立費用は、申立人らの負担とする。

理由

一  別紙申立人目録記載の申立人ら全員は、「被申立人が昭和五四年一月一一日付でなした恵那市立武並中学校の廃止処分は、当庁昭和五四年(行ウ)第三号中学校廃止処分等取消請求事件の判決確定に至るまでその効力を停止する。」との決定を求め、また、別紙申立人目録記載の番号一、二、二七、二八、三一、三二、六二、六三、八〇、八一、八九、九〇、九六、九七、一一四、一一五、一二三、一二四番の申立人ら一八名は、「被申立人が昭和五四年二月一四日頃右申立人らに対してなした同申立人らの被保護者である別紙生徒およびその保護者である申立人目録記載の番号1、14、16、32、41、47、51、60、65番の各生徒の、同年四月六日以降就学すべき中学校を恵那市立恵那西中学校と指定した処分は、前記中学校廃止処分等取消請求事件の判決確定に至るまでその効力を停止する。」との決定を求めた。

本件各申立の理由は、申立人ら提出の別紙行政処分執行停止申請書の「申請の理由」記載のとおりである。

二  本件記録によれば、恵那市には、従来中野方、笠置、飯地、武並、三郷、恵那西、恵那東の各中学校、以上七校が存するが、昭和五一年四月一日施行の恵那市小学校及び中学校設置条例の一部を改正する条例に基づき、被申立人が昭和五四年一月一一日に「恵那市小学校及び中学校の学区を指定する規則の一部を改正する規則」を公布して、前記恵那市立武並、三郷、恵那西の三中学校を廃止する処分をなし、即日同市公告式条例及び同市教育委員会公告式規則に基づき、所定の方式により、これを告示したこと及び同月二七日付入学通知書をもって、別紙生徒およびその保護者である申立人目録記載の各申立人(ただし生徒の保護者が父母両名ある場合は父親のみ)に対し、同目録記載の生徒の同年四月六日以降就学すべき中学校を統合新設された恵那市立恵那西中学校と指定する処分をなしたことが認められ、以上に対し、同年三月一三日当裁判所に申立人ら全員から右廃校処分の取消を、また、申立人目録記載番号一、二、二七、二八、三一、三二、六二、六三、八〇、八一、八九、九〇、九六、九七、一一四、一一五、一二三、一二四番の申立人らから保護者に対する右就学指定処分の取消をそれぞれ求める本案訴訟が提起され、現に係属中であることが明らかである。

三  申立人らのうち、申立人目録記載の番号一五六番以下二八八番までの者(ただし、抹消された分を除く。)一一三名は、就学生徒あるいは就学予定者の保護者でなく、したがって、前記就学指定処分を受けた者ではないのに、廃校処分前の恵那市立武並中学校区内に居住する住民であることを理由に、本件廃校処分により武並中学校を利用する権利を侵害されるとして、武並中学校の廃止処分の取消訴訟を提起し、同様の理由をもって、右処分の効力の執行停止の申立をするが、現に申立人らの子女が生徒として廃止前の武並中学校に就学しているか、あるいは就学予定者(中学一年への進学予定者)であるかして、かような就学義務が具体的かつ現実化しているならば格別、単に廃止処分前の武並中学校区内に居住する住民であるというだけで、右廃校処分の取消を求める訴えにつき、法律上の利益を有するとはいえないから、右申立人らはいずれも原告適格を有せず、右申立人らの本件廃校処分についての執行停止の申立は、その本案訴訟について理由がないとみえる場合にあたるといわなければならないから却下すべきものとする。

四  つぎに、申立人目録記載の番号一番以下一五五番までの者(ただし、抹消した分を除く。)、すなわち、別紙生徒およびその保護者である申立人目録記載の申立人(ただし、抹消した分を除く。)全員の申立にかかる本件廃校処分の効力の執行停止申立並びに右の者のうち、申立人目録記載番号一、二、二七、二八、三一、三二、六二、六三、八〇、八一、八九、九〇、九六、九七、一一四、一一五、一二三、一二四番の申立人らの申立にかかる本件就学指定処分の効力の執行停止申立の当否につき判断する。

本件記録編綴の各資料によれば、つぎの事実が認められる。

恵那市においては、前示恵那市の条例及び規則により、従来の恵那西中学校、三郷中学校、武並中学校の三校が廃止され、これを統合した恵那西中学校が新設されたが、同中学校は、同市長島町中野一二六九番地の二六一に存し、校長一名、教頭二名、教員二六名、養護教員一名、事務員二名、校務員二名が配置され、予定生徒数六六八名、学級数一八(普通学級一六、特殊学級二)からなり、学校敷地三万六、六八七平方メートル内に、延面積六、一八五平方メートルの校舎(普通教室一八、家庭、美術、図書、理科、音楽、L・L等の特別教室一五、校長室、職員室、保健室、放送室等の管理室一五)と、一万五、〇七五平方メートルの運動場を有するほか、体育館、プール、バレーボールコート、テニスコートなどが設置される。そして、申立人渡辺良蔵、英子は同市武並町大字藤の田尻部落に、同丹羽義美、好子は同大字の相戸部落に、同伊藤貞夫、時子は同大字の沖の洞部落に、同松村圓造、千尋は同大字の上の洞部落に、同曾我兼英、多賀子は同大字の山足部落に、同度曾正和、朝美は同町大字竹折の宿部落に、同永井豊、孝江は同大字の中切部落に、同宮地耕造、修子は同大字の美濃新田部落に、同西尾保則、利子は同大字の上野部落にそれぞれ居住し、いずれも、その子女の保護者として、本件就学指定処分を受けた者であるが、前記学区指定規則改定前の学区は、別紙申請書添付校区図(一)、改定後のそれは同校区図(二)のとおりであり、武並中学校の校区内の生徒が同校に通学する場合、その距離はおよそ〇・七キロメートルから三・七キロメートル(但し、この距離は生徒各自の自宅からではなく、各部落のほぼ中心にある「クラブ」からの距離である。以下同様。)であるが、統合校である恵那西中学校へ通学する場合、その距離は武並町大字藤(六部落からなる。)に居住する生徒のうち、最も近い田尻部落の生徒で五・六キロメートル、最も遠い山足部落の生徒で八・六キロメートルであり、瀬々良瀬部落に居住する生徒で八・四キロメートル、上の洞部落の生徒で八キロメートル、沖の洞部落の生徒で七・七キロメートル、相戸部落の生徒で七・一キロメートルであり、いずれも武並中学校への通学距離と比較して約五キロメートル(四・九キロメートル)遠くなる。同町大字竹折(四部落からなる。)の生徒については、宿部落で五・六キロメートル(武並中の場合は一・四キロメートル)、上野部落で四・六キロメートル(同一・四キロメートル)、中切部落で三・五キロメートル(同二・一キロメートル)、美濃新田部落で二・九キロメートル(同二・九キロメートル)であり、武並中学校への通学距離と比較して四・二キロメートル(宿部落)から一・四キロメートル遠くなる(美濃新田部落は変らない。)。以上のとおり、申立人らの子女は、いずれも、武並中学校に通学するよりも、より遠い統合校への通学を余儀なくされる。のみならず、統合恵那西中学校は通称槇ヶ根峠から約七〇〇メートル登った地点にあり、武並地区からの通学路は別紙恵那市全図表示の自転車通学路線のとおりであり、登校時は学校の手前約二・五キロメートルの山道のうち約一・七六キロメートルには上り坂があり、特に第一の上り坂は約七三〇メートル続き、その間五か所に急カーブがあり、第二の上り坂は最大傾斜度七度のその距離約五三五メートルにわたる急勾配で、自転車通学の生徒にとっては、自転車に乗ったまま登りきることは困難で、坂道を途中から下車して自転車を押して登らなければならない。通学距離六キロメートル未満の生徒(本件申立人らについては竹折地区居住の者の子女)は、自転車通学か徒歩通学となるが、竹折の六キロメートル地点から自転車通学するには坂道は途中から押して登るとして約三五分かかる。このため、被申立人は、義務教育諸学校施設費国庫負担法施行令三条一項二号(中学校の適正な規模を考えるうえでの通学距離の限界をおおむね六キロメートルと規定する。)及び同条三項(所定の条件に適合しない場合でも文部大臣は教育効果、交通の便その他の事情を考慮して適当と認めるときは条件に適合するものとみなす旨規定する。)に則り、統合恵那西中学校の通学につき、通学距離が六キロメートル以上の生徒にはスクールバスを運行する等の措置を講じることにして、前記施行令による昭和五一年度、昭和五二年度の文部大臣の事業認定を受け、登下校に際し、通学距離六キロメートル以上の生徒(本件申立人らについては藤地区居住の者の子女)を対象にスクールバス(七八人乗り)を用意し、朝の登校時一回、下校時は授業終了後と、クラブ活動終了後の二回、別紙恵那市全図表示のスクールバス運行路線を運行する措置をとっている。

しかるところ、申立人らは、長距離化し、しかも坂道のある前記通学路を自転車通学するのは、中学生にとり肉体的、精神的に疲労が激しく、一時間目の授業に支障が生ずる恐れがあり、また登下校時通学路上での交通事故発生の恐れや、さらには、特に女生徒にとり性犯罪や野犬などによる被害を受ける恐れがあると主張する。本件各資料によると、前記のとおり、武並地区からの通学路にはかなりの距離の区間にわたって、かなり急勾配の坂道があり、スクールバス利用の対象者にならない自転車通学の生徒は途中から自転車を押して登らねばならず、例えば、竹折地区の六キロメートル地点から右坂道を自転車を押して登るとして通学所要時間は約三五分であり、雨の日や冬期の降雪時には自転車によらない徒歩通学のため右以上にかなりの時間を要することは推察に難くないが、他方申立人らの子女は、いずれも中学生で年令一二ないし一五歳であり、小学校児童とは異なり、身体も成長し、右通学に要する程度の体力は十分備えているものと思料され、通学につきある程度の困難があるとしても、右不利益をもって、未だ本件各処分により生ずる回復の困難な損害とは解し難い。また登下校途上の危険の有無については、学校の指定する指定幹線通学路は、新設開拓道路及び東濃用水管理道で、車両の交通量も少なく一般の市、県、国道とくらべれば交通安全度はより高いというべく、安全施設、カーブミラー、ガードレールの設置については危険個所から順次設置中で、現在一部については設置済であり、昭和五四年五月末までには完備することとしていること、路面の凍結対策は、通学道は南向きの日あたりのよい道路であるが、一部の個所で一冬に数日凍結の心配があるため、その場合は融雪剤散布を業者に委託する方針で昭和五四年度予算で措置していること、が認められ、女生徒の性犯罪、野犬によるなどの危険については被申立人において、防犯燈を昭和五三年度三基、昭和五四年度六基を設置する計画をしており(昭和五四年度分は一〇月末までに工事完了の予定。)、合せて学校付近(武並方面一か所、長島方面一か所)に警察官立寄所を設け(警察官立寄予定時刻は下校時午後四時三〇分から同五時三〇分までの間。)、学校指導面では、集団登、下校を指導するなど、学校、関係機関、地域住民が一体となって通学する生徒の防犯対策に対処する態勢を整えていることが認められるから、申立人ら主張の如き危険があるとは直ちに断じがたく、通学距離の遠くなることによる多少の不利益や危険が伴うことが考えられないではないにしても、それらは、今日の社会事情の下での諸状況に照らせば、未だ本件各処分により生ずる回復困難な損害とはいいがたい。

申立人らは、スクールバスが運行されるとしても登下校時交通事故の恐れがあり、その他スクールバスに乗りおくれた場合不都合があるなどと主張する。本件資料によると、藤地区と竹折地区を通ずる県道の道路事情は全般的には必ずしも良好とはいえず、スクールバスの予定路線には部分的に改良を必要とする個所(例えば、ガードレール、カーブミラーを必要とする個所など)があるが、スクールバスと同型のバスに恵那市の関係者が同乗し、予定路線を走行して道路事情を視察した結果では通行に格別の支障はなく、また前記部分的に改良を必要とする個所については被申立人において道路管理者である岐阜県土木事務所に陳情して工事の早期施行を要請していること、山足地域で道路法面に繁茂している立木の枝切り作業を山足区の住民に協力を要請し、山足区長の了解を得ていること、また、スクールバスに乗りおくれたときは、私鉄バスを利用することにより登校することが可能なこと、スクールバス停留所への各家庭からの距離は、五〇メートルないし五〇〇メートルであって、これを利用することにより、通学時間は従来より短縮されることが認められるから、申立人らの主張は理由がない。

申立人らは緊急事態発生の際には、学校との距離が遠いので、保護者である申立人らとの連絡や応急措置上の不都合が予想されると主張する。しかし、生徒に対する緊急措置については、統合西中学校には保健室(ベット四床)を完備し、養護教員一名、校務員男女各一名を配置していること、また、病気その他により生徒が早退するに際しては、学校予算から費用を支出してタクシーを利用させるなど適切な措置を講じ得る態勢を整えていることが認められ、申立人らの主張は前同様理由がない。

申立人らは、申立人らの子女のような遠距離通学者は他の生徒に比してクラブ活動の面で時間の制約を余儀なくされ、生徒会活動でも役員選出や活動時間などで不利益を受ける可能性があると主張するが、武並町同様統合西中学校の校区となる三郷町、長島町においても、申立人らの子女と同程度の通学距離となり、ひとり武並町居住者のみに固有の問題ではないことが認められるし、スクールバスによる登下校、クラブ活動、生徒会活動は、すべて学校長の管理責任において行なわれるもので、学校運営が規則正しく実施され、中学生である生徒自身の自覚と保護者の適切な指導があれば、申立人ら主張の不利益は十分解決され得るものと認められるから、この主張も理由がない。

申立人らは、従前の武並中学校と比較して、統合西中学校では生徒数が四・六倍になり、学級数が多くなって学校規模が大きくなるため、生徒と教師の意思疎通や人間的な触れ合いが不十分となり、授業やクラブ活動において疎外される生徒が出る恐れがあり、ひいては非行化の恐れもあると主張する。本件各資料によると、武並中学校が存続するとした場合、一年生四四名、二年生五三名、三年生四八名の合計一四五名で五学級の小規模校であるが、統合西中学校では一年生一八五名、二年生二〇八名、三年生二七五名の合計六六八名で、普通学級一六、特殊学級二の中規模校となる。そして、もとより小規模校に存するそれなりの利点をいちがいに否定できないにしても、前記のとおり、統合西中学校での人的物的陣容による施設、設備は充実しているというべく、そこでは快適な教育環境のもとに、中学校教育としての十分な教育効果が期待でき、本件統合計画により諸般の面での教育効果が従前より減弱するとはとうてい認められず、さらに、教師及び保護者の適切な指導と中学生である生徒自身の自覚があれば、従前の小規模校の閉鎖性が解消されて、学習を始め、クラブ活動、生徒会活動が積極的となり、社会性に富んだ集団活動が期待できると思料されるから、統合による非行化の恐れがあるとは認めがたい。申立人らのこの主張は採用することができない。

申立人らは、武並地区は元来恵那市街地よりも瑞浪市釜戸地区や三郷地区との交流が深く、右三地区は生活上、意識上の一体感が強く、また武並地区の住民にとって、武並中学校はいわば「おらが学校」であるのに、武並中学校を廃校して新設統合校に統合されると、統合校と申立人ら家庭との親密感、近距離感が失われ、バス通学では申立人ら地域住民との接触が困難であり、郷土愛を育てる上でも障害となり、P・T・A活動も著しく困難になると主張するが、本件統合計画は、教育の効果と将来的展望に立ち、十分熟議考慮されたものであり、他方武並町には小学校及び地区公民館があって、地域住民の生涯教育、社会教育にはこれが活用され、武並中学校が利用されることはなく、またもし、将来武並三郷地区が発展した場合には、同地区に「南中学校」を設置する構想もあるが、現在のところ生徒数不足で建設するに足りる実情にないこと、また統合校でのP・T・Aの授業参観、役員会、総会等が行なわれる場合には、必要に応じて、学校長の指示により、スクールバスが運行されることになっていることが認められるから、武並中学校の廃校処分が武並町の実情を無視し、将来の動向を考慮していないものということもできず、申立人らのこの主張は前同様採用することはできない。

申立人らは、武並中学校廃校により、武並町は過疎化が始まる恐れがあると主張するが、該主張は、ひっきょう申立人らの主観的不安感を強調したものの域を出でず、何らの具体性もなく、採用できない。

以上のとおり、本件各処分により、申立人らが被ると主張する不利益は、これを肯認するに足りないか、あるいはある程度あり得るとしても、未だこれをもって、本件各処分により生ずる回復困難な損害とは認め難く、他に、右損害があると認めるべき疎明資料は存しない。

五  してみると、申立人らの本件申立はすべて理由がないからこれを却下すべく、申立費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 菅本宣太郎 裁判官 三宅俊一郎 水谷正俊)

<以下省略>

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